3月 252012
 

三連勝クラブ・シニアチームの3月の定例ツーリングは我孫子宿から牛久宿まで旧水戸街道を走り,牛久沼と牛久大仏を訪ねるコースだ。牛久近郊に在住するTリーダーは取手市埋蔵文化財センターの「旧水戸街道を行く」の講演にも参加し,「旧水戸街道繁盛記」を熟読し,インターネットでも情報を仕込んで気合いが入っている。

10時からの取手本陣の見学時間に合わせるためにいつもの手賀沼親水広場に9時集合とした。元気な連中は7時45分からの手賀CSCとの合同朝練を済ませてから参加した。

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資料を配付してコースのブリーフィングが9時に始まった。

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手賀CSCからの当日飛び入りのトニー谷さんを交えて20人でまずは集合写真撮影だ。

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なにやらホィールをかざしてファインダーに収まっているメンバーがいると思ったら,朝練でパンクしたM島さんのもののようだ。出発前に無事にパンク修理は完了した。

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親水広場から,旧志賀直哉邸などの大正時代の我孫子文学者の旧邸宅・別荘の建ち並ぶ白樺小径とN堀さん御用達の路地を縫って,我孫子本陣跡を訪ねた。ビルのまえに案内標識だけが立っているが,道路の向かいには脇本陣であった小熊邸の茅葺きの邸宅が残っている。

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旧水戸街道ツーリングがここから始まった。まずは,現在は国道356号となっている旧水戸街道に乗り出した。旧街道はコスモGSの信号でR356を右に分けてJR成田線の踏切を渡る。

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泉交差点でJR常磐線のガードを潜り,ロータリーを回って我孫子市水道局の建物前に出た。ここから再び旧水戸街道が続いていく。柴崎の交差点までの両脇には今でも大きな民家がある。柴崎の交差点で国道6号に出会い,青山台交差点からR6の脇道へと旧水戸街道は続く。ここを走り,大利根橋への歩道に入る直前で右に枡形に曲がると青山の集落で,突き当たりは利根川の堤防となった。こんなところが旧水戸街道だったか,とトニー谷さんが感慨深そうに話す。旧水戸街道はこの青山の渡しから対岸の取手宿に行くのだが,自転車の我々は大利根橋を渡るほかはない。

取手宿に入り,取手本陣に到着したのはちょうど10時だった。記念写真をとって本陣の内部を見学した。旧水戸街道でこれだけの本陣が残っているのは取手の他に中貫宿(土浦市)と稲吉宿(かすみがうら市)だけとなっているそうだ。ここで 飛び入りの手賀CSCのトニー谷さんが午後の所用のため離脱した。

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藤代宿にむかう旧水戸街道は本街道のほかに3本のバイパスがあったそうだ。冠水で通行不能になったときの脇道だ。今日のツーリングは本街道を走るのだ。当時の道標のほかに,陸前浜街道と書かれた現在の案内標識が道ばたに立っている。明治5年から旧水戸街道(同時は水戸道中と呼んだそうだ)は陸前浜街道と称されるようになったと案内標識にある。

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JR常磐線とR6を横切って藤代宿(取手市)へと旧水戸街道を走る。藤代宿の本陣跡には松の木だけが残されていた。

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再びR6を横切って走ると宮和田で小貝川の堤防に突き当たった。ここ宮和田にも本陣があったそうだ。藤代宿と交代で本陣の役を務めたそうだ。

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現代のシニアチームは宮和田の渡しの代わりにR6に出て文巻橋を渡った。宮和田の渡しを渡ると清水山慈眼院の十一面観音堂がある。常陸西国三十三観音霊場の十八番札所でもある。

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ふたたびJR常磐線の踏切を渡って走った。

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馴柴(なれしば)小学校入り口の交差点を左折する。ここには小さな道標があるが,シニア予備軍のYさんが読んでみたが分からなかったようだ。原因が風雪による文字の摩耗なのかそれとも…かは知らない。

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関東鉄道竜ヶ崎線の踏切を渡り馴柴小学校に出ると,その裏には布川街道との合流地点の碑が立っていた。我孫子での現在のR356は初期の水戸街道であって布佐から利根川を渡って布川に行き布川街道となり,ここ龍ヶ崎で旧水戸街道と合流したのだ。

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若柴宿への入口の大坂の登るとしっとりと落ち着いた若柴宿だ。街道の両側にはいくつも坂がある。

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若柴宿を抜けると成井(なるい)の一里塚があった。うしろからリーダーに「待ってヨ〜,案内板を読むから〜」と声が掛かる。そうなのだ今日のツーリングは20名の長い列なので後ろの方も構ってやらなければならないのだった。

ここまで来る間にリュックサックを背負い,地図やカメラを持って歩く人を何人か追い越した。N堀さんが,あれは旧水戸街道を探して歩く人たちじゃないかね,と話しかける。先ごろ「水戸街道を行く」の講演を聴いた人かもしれない。ともあれ,今日の天候は気持ちが良いものだ。

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みたびJR常磐線とR6を越えて牛久宿に向かった。牛久宿に入って直ぐに,旧水戸街道を外れて牛久沼にむかった。目標は小川芋銭の雲魚亭の見学だ。小川芋銭は明治・大正・昭和の日本画家で河童百図で有名だ。案内人のかくしゃくとした老夫人は芋銭と横山大観が写っている写真を説明しながら,大観よりも芋銭のほうが格が高い,と力説する。郷土愛に燃えた案内人でした。その老夫人に記念撮影をしていただいた。

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雲魚亭の脇の河童の碑とその下の牛久沼を見てから牛久沼のほとりに降り,それから再び旧水戸街道に戻った。街道沿いの立派な民家の前には明治17年の明治天皇の行在所の碑が立っている。この頃は旧水戸街道は陸前浜街道と呼ばれていたはずだ。

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JR牛久駅の近くで旧水戸街道はR6に合流したところでお昼を取った。和食,中華,うなぎ,うどんとお好みに応じて分かれていった。自分たちは中華料理のBランチを試した。

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1時に再び集まって牛久大仏に向かった。讃岐うどんを食べに行ったN川さんが所用のために離脱した。

途中のシャトーカミヤは一年前の東日本大震災の後がまだ復旧されておらず立ち入りが出来なかった。オープンしていれば,見学後はここで生ビールの宴会となりツーリングの終点となっていただろう。

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牛久大仏への入場は3月まではJAFの会員証で500円となることをTリーダーが予め調べて,メンバーに会員証を持ってくるようにお達しを回しておいた。4人が会員証を持参したのでワンコインで拝観することができた。初めてのメンバーはさすがにギネス認定の世界一の銅像には度肝を抜かれたようだ。H端さんは大仏の展望窓まで歩いて階段を上るかと心配そうだったがエレベーターがあると聞いて安心したようだ。

記念撮影の後に香炉の煙をからだの痛んだところに当てて快癒を祈願した。はてさて,頭は兎も角も,どの部位に煙を当てたのだろうか。

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大仏胎内に入り,鉛筆のような東京スカイツリーや霞ヶ浦などを展望窓から眺めた。胎内には大小の釈迦牟尼像が安置されている。感慨深そうに眺め入るメンバーもいる。

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参拝が終わったのは2時40分頃だった。ここでM島さんが離脱して帰宅ルートを取った。残りのメンバーはTリーダーの先導で元のルートを牛久の街の入口まで戻り,栄5丁目の交差点でTリーダーと分かれた。この後の我孫子まではS名さんのリードで帰ることになった。

朝練に参加した自分のドア2ドアの行程は丁度100kmだった。柏から参加したT内さんのメーターによると92.9km,5時間11分ということだった。距離の割にはまったりしたポタリングペースだったので疲労度は65%ということだ。

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