オランダ・ベルギー・ルクセンブルク・ドイツ周遊

 

2012年の海外旅行は10年に一度という《フロリアード》を訪れる「花のオランダ・ベルギー・ルクセンブルク・ドイツ4カ国周遊9日間」というトラピックス(阪急交通社)のツァー旅行を選んだ。申し込んだときはCA(中国国際航空)の便を利用しての8日間の旅程であったが,直前になってCX(キャセイパシフィック航空)を利用する9日間の旅程に変更になった。見所は世界遺産のケルン大聖堂,オランダの国際園芸博覧会フロリアード,アムステルダム運河クルーズ,花の公園キューケンホフ,キンデルダイク風車群,世界遺産ブルージュ,ゲント,ブリュセル,ルクセンブルク,ロマンチック街道の街ローテンブルク,ハイデルベルクと欲張ったものだ。

第一日目(2012年4月23日)

18時20分発の香港行きに搭乗するので,ゆっくり自宅を出て成田に行くことができた。今日の成田でのユーロの両替レートは111.12円だった。

カウンターで受付をした際にアルファー米のインスタントお握りを一人2個もらった。キャセイパシフィック航空に荷物を預けて,添乗員さんのブリーフィングを受け,搭乗待合所に向かった。

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CX-505便は定刻通り18時20分に飛びたった。まずは,イケメンのフライトアテンダントにビールを注文して喉を潤した。夕食の機内食のメニューから自分はパスタをカミさんはチキンを選んだ。しかし,味はお世辞にも旨いとは言えない。ご自慢の中華料理はどうしたの,と言いたいくらいだ。22時05分(香港時間)に香港降り立った。

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トランジットの空き時間を空港内をブラブラして過ごした。フランクフルト(法蘭克福)行きの便は2時間後だ。かくして旅行の一日目は機内で過ごすことで終わった。

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第二日目(2012年4月24日)

0時05分(香港時間)のCX-289便でフランクフルトに出発した。たっぷり12時間の旅である。ランチの時刻が来ても,頭もからだももはや昼食だか夕食だかわからなくなっている。ワインを飲んだがこれも今一つの味だった。機内食がんばれキャセイパシフィック,と言いたいところだ。今回の旅行にはニコンのデジ一を持参したが,至近距離で薄暗い環境でのピント合わせが全くダメだ。カミさんに持たせたキャノンのデジカメの方がよっぽど上手く撮れる。ということでランチの写真はピンぼけだ。

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ビデオを見たり小説を読んだり居眠りしたりしているうちに朝食の機内食が出てきた。フランクフルトももうすぐだ。

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フランクフルトには定刻通り6時05分(ヨーロッパサマータイム)に到着した。さっそく迎えに来ていたバスに乗り込み,まずは190km先のケルン観光に出発した。雨模様と言うこともあり,肌寒い気候だ。

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9時半にライン川沿いの街,ケルンに着いた。冷たい雨の降る中を一時間ほど世界遺産のケルン大聖堂(Dom St. Peter und Maria)を見学した。ケルンの街は第二次大戦で90%が破壊されたが,幸いにも大聖堂は完全には破壊されずに残り,修復されて今日に至っている。大聖堂の尖塔は157mもあり,見上げていると首が痛くなるほどだ。

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1248年から600年あまりを費やして完成した聖堂を内部から支えているのは壮大なアーチ構造だ。当時のステンドグラスに並んで1990年代のモザイク風のものもある。ステンドクラスの下には聖人だろうか領主だろうか,誰ぞが入っている棺が祀られている。

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大聖堂の見学を済ませて滑りやすい石畳と極端に短い青信号に注意しながらライン川へと歩く。クルーズ船が停泊している脇でツーショットを撮ってもらった。河畔に建つ聖マルティン教会や改修中の旧市場広場を見ながらケルン観光を終えてバスで60㎞離れたオランダのフェンローへ向かった。

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フェンローでは10年に一度開かれる2012年フェンロー国際園芸博覧会(フロリアード2012)が開催されている。入場料は25ユーロで4月5日から10月7日まで開催されているとある。42カ国が参加している会場は66ヘクタールの広さだ。残念なことにはここも雨模様だ。まぁオランダでは晴れの日の方が少ないと言うからこんなものだろう。

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入り口にあった自転車を眺めていたら係の人が乗って見ろと勧めてくれる。さぞかし重い漕ぎ出しを想像したが,よく見るとサドルの下にギアシフトノブが付いている。

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フロリアード2012会場では3時間のフリータイムなので三々五々と会場に散らばっていった。まずは花より団子と会場内のビュッフェを探して昼食を取った。たこ焼きのようなポッフェルチェ(Poffertjes)という小麦粉と蕎麦粉で焼いたパンケーキのような物も売っている。何でもオランダの伝統的なお菓子ということだったが,トライはしなかった。

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会場のいくつかのパビリオンを覗いてみた。園芸博覧会だが内部は必ずしも花に関連した展示ではない。カミさんはトルコのパビリオンでアンモナイトのペンダントを買ったくらいだ。

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会場では何やらデモンストレーションも行われていた。鳥を模した仮装かな。樹に布を巻き付けたオブジェや回転寿司を模した(?)クイズらしき展示もあった。

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会場には思ったよりも花が多くない。それでも,これがチューリップというようなものもあちこちに咲いていた。フロリアード2012は趣旨が良く分かってないせいかどちらかといえば期待はずれだった。

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集合時間となりふたたびバスに乗って190㎞はなれたアムステルダムのスキポール空港近くのイビス・エアポートホテルに向かった。

部屋割りが済んで,部屋で荷物を整理した。まぁまぁのアメニティーであるがバスはなかった。ホテルでの食事はカフェテリア式で,魚と鶏肉とサラダをいただいた。

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寒かった2日目が終わった。

第三日目(2012年4月25日)

朝目覚めてホテルの周りを散歩してみた。なにやら見たことのある鳥が餌をついばんでいる。佐賀に住んでいたときによく見たカチガラス(カササギ)のようだ。ネットで調べるとここオランダでは当たり前の鳥とのことだ。駐車場には女性専用のスペースが用意されていた。安全のためだろうが日本では見かけない。

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朝食は例によってたっぷりといただいた。レストランからロビーに戻る階段にこんな標識があった。オランダ人は世界一の背高のっぼだから2メートルを越す人のための注意だろう。

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8時半にバスでアムステルダム市街に出発した。同じホテルから二人の中年の日本人男性が自転車で出発する光景に出会った。バリバリのサイクリストでもなさそうだが何処まで行くのだろうか。

早くも運河が登場する。街中は自転車通勤で混み合っている。国民一人あたり1.1台を保有しているという。自分は国産・台湾産の7台持っているがオランダではKogaというブランドの競技用自転車が有名だ。自転車とモーターバイクはスペースを共有して走っている。

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到着したのはRijksmuseumだ。日本では国立美術館とも国立博物館とも訳されている。1885年開館ということだが庭の門は1619年だ。ここでフェルメール,レンブラントの絵が見られるはずだ。

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まず目に付いたのは柱時計の住人さんだ。一分ごとに手描きで針を書き直す映像の展示物だ。見ていても飽きないので注目を集めていた。

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ガイドさんの案内で効率よくフェルメールの牛乳を注ぐ女,小路,手紙を読む青衣の女を見る。残念ながら真珠の耳飾りの少女にはお目にかかれなかった。牛乳を注ぐ女をよく見ると右手と壺の空間が,なぜか,無造作に塗りつぶされている。しかしパンの質感の表現には目を見張らされた。写真でも表現は難しいほどの立体感と文字通りの粒立ちだ。

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カミさんは精細画の花,昆虫や果物の部分に興味があるようだ。描画中の絵のヒントを探しているのかな。

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自分は何といってもレンブラントだ。この時代には珍しい自画像,織物商組合の幹部たち,そして縦3.63m×横4.37mという巨大な夜警には驚いた。スポンサーが明瞭に描かれてないので後に書き加えられた署名の部分は美術価値からいうと余分かな。レンブラントが食べて行くための絵画を物語る逸話だ。

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ミュージアムのすぐうらには国立ゴッホ美術館があるが,ここもパスだ。ミュージアムの慌ただしい鑑賞を終えてバスで向かったのはアムステルダム中央駅の元にある運河クルーズの乗船場だ。東京駅が参考にしたという中央駅をじっくりと見る間もなく運河クルーズが始まった。

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人気が多くてなかなか入手出来ないというハウスボートが並ぶ。船長が,緑の扉の家がアンネ・フランクが暮らした家だ,と教えてくれる。西教会を過ぎて,細長い住居がひしめき合う街並みに出る。家の屋根には滑車が設えてある。なにせ家が細長く,階段が狭いのでこの滑車で大きな家具や荷物を家に窓から運び込むのだそうだ。モンテルバーンスの塔が見えてきて,そろそろクルーズも終わりだ。

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アムステルダムには大小合わせて165の運河があり,1300あまりの橋が架かっている。新しい固定橋,7つもの橋が重なって見えるスポット,マヘレの跳ね橋(Magere Brug)や1728年という古い橋も架かっている。

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運河クルーズを終えてGassanダイヤモンド工場を見学した。研磨している職工さんは気軽に間近でダイヤを見せてくれるが…。ダイヤの即売は聞いていて面白かったが誰も買わなかった。もはや釣った魚も餌はいらないようだ。

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お昼のメニューはポーク・シュニッツェルだ。あれ,これはドイツ料理じゃなかったっけ。

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昼食を済ませてバスは60kmはなれたデルフトに向かった。マルクト広場は雨に煙っていた。広場に建つ108.75mの鐘楼は1381年のゴシック様式の新教会だ。市庁舎は17世紀のものだ。雨模様はかえってしっとりと落ち着いた雰囲気を味わさせてくれた。

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デルフトの観光はデルフト陶器を見るのではなく,フェルメールセンターだった。ここにはフェルメールの全作品のレプリカが展示されており,当時の絵の具(これもレプリカか)などの展示解説があった。はっきり言って,まったく面白くなかった。

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すこし自由時間が与えられたので運河に沿ったスーパーマーケットを覗いてみた。ここでチーズやらビスケットをお土産に買った。

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デルフトの街は何とも言えない雰囲気があった。

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かと思えば,表通りの八百屋,花屋やチーズ店はちょっとした華やかさを街に与えていた。

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期待はずれのデルフト観光を終えてアムステルダムに戻って魚料理の夕食をいただいた。オリエンタルなスープは辛くて,何人かのメンバーはお湯割りを注文していた。

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昨日と同じイビス・エアポートホテルでの連泊だった。

第四日目(2012年4月26日)

今日の予定はキューケンホフ公園と風車群の観光だ。例によって美味しいチーズとハムの朝食をしっかりと摂った。

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キューケンホフ(Keukenhof)公園は45km離れたリッセにあり32ヘクタールの広さの植物園だ。開園期間は3月22日〜5月20日と花の期間だけだ。今年は天候の具合でチューリップの開花がすこし遅いようだが公園の具合はどうだろうか。途中で路肩にバスを停めて見た畑を見る限りではどうやら開花は真っ盛りのようだ。

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ここの観光は3時間半の自由観光だ。

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公園内はこんな具合に池や川が設けられているが

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とにかく一面の花,花,花だ。700万株もの花々だ。

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こんなにもチューリップがあるとは驚きだ。

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風車の下からは小さな遊覧船が出ていた。パイとビスケットを歩きながら頬張ったお昼を済ませて乗り場に行ってみたが満員だった。

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チューリップ以外の花々も。

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こんなモニュメントや巨大な壺や木靴も。

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これもチューリップか,と驚く。八重のチューリップだ。

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手入れをする職人さんの手で球根を摂るために刈り取られたチューリップもチラホラ。

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室内にもチューリップが。

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たっぷりとオランダの花々を堪能した後は90km離れたキンデルダイク(Kinderkijk)にバスで向かった。

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キンデルダイクは1740年頃の19基もの風車が集まっている世界遺産に登録されている地だ。

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雨風が強くなってきたので博物館の風車に逃げ込んだ。60歳以上は割引料金というのでカミさんの歳もサバ読んで入場した。

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内部はどうってことはなかったが,ちょうど吹いていた強風で歯車がギイギイと回り出した。風車守のおじさんは木靴を履いている。

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観光後は国境を越えて145km離れたブリュッセルのホテルに向かった。ホテルは数ヶ月前にオープンしたばかりというトーンEUで,チェックインしたときは何かのイベントで混雑していた。たしかに部屋はきれいだが,ここもバスはなかった。ヨーロッパではバス無しは普通だというが,前回のイタリア,スイスでは殆どバス付きだったのだが。

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夕食は我々だけの部屋が用意されていた。珍しく,バスの運転手も一緒に食事をとった。が,注文したビールは何と缶ビールだった。

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第五日目(2012年4月27日)

今日の予定地は世界遺産の街のブルージュだ。カフェテリヤ式の朝食ではニシンの塩漬けに挑戦してみた。ちょっと生臭かった。

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8時にバスに乗って100km離れた世界遺産の歴史地区ブルージュに出発した。

橋を渡り川沿いを歩いて行くと愛の湖公園に出会った。静かでまるで絵のような景色が広がるが,何故に愛の湖なのだろうか。

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水の都とも時が止まった街とも言われるブルージュの街並みは撮っても撮っても撮りきれないほどの被写体に溢れていた。中世そのままの街と言うが窓のレースを見れば,今でも人が暮らしているのが分かる。

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いくつかの運河というか小川をつなぐ橋が美しい。街の名前(ブルージュとは橋の意味)もここから来ているというのも頷ける。街のマスコットとも言える白鳥が戯れていた。このあたりまで愛の湖公園が拡がっている。

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愛の湖公園の脇にはベキン会修道院が静かに佇んでいる。現在は中でベネディクト派の修道女たちが神への奉仕をしながら暮らしているという。

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歩いて行くと,12世紀に建てられた聖ヨハネ施療院の中にあるメムリンク美術館前を通り過ぎる。メムリンクは15世紀中頃に活躍した画家だ。聖ウルスラの聖遺物箱は必見だと言うが…。

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運河に掛かる小さな橋を渡り中心街に進んでいく。運河クルーズの船が行き交う。

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聖母教会は眺めるだけで中にあるミケランジェロの聖母子像は見られない。教会にはちっちゃな窓がある。世界一小さい窓だそうだ。ブルージュで一番小さい橋を渡り,ブルージュで一番古い家の前を通り,どこかの中庭のような小径を抜けて歩く。

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と,中世から現代に一足飛びに出た。ヨーロッパカレッジという大学には各国からエリートが集まってくると言う。

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次第に観光客が多くなってきた街中をマルクト広場へと歩いて行く。

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マルクト広場にはブルージュのシンボルの47個の鐘を持つカリヨンで有名な鐘楼がある。広場には観光馬車もあった。広場を取り囲むように市庁舎などがある。

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市庁舎と隣り合わせに聖血礼拝堂がある。そこに入ってみたが何やらよく分からない。

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ちょっと自由時間が与えられたので鐘楼に登って見ようと切符売り場に行ってみた。しかし,修学旅行生であふれかえり,入場制限をしていて時間が足りなさそうなので諦めた。

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そこで,広場の一角のGodivaの店でお土産のチョコレートのショッピングに切り替えた。まだ時間が余ったので近くのレース店を覗いた。日本人の売り子さんがいろいろとレース編みの手法を説明してくれた。カミさんが記念にと一枚のレースを買い求めた。

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昼食はビールとベルギーの代表的な料理であるシコン(chicon)のグラタンだ。シコンとは初体験であった。翌日のルクセンブルクの町歩きで見かけた。英語ではチコリー(chicory),仏語ではアンディーブ(endive),和名はキクニガナ(菊苦菜)だ。シコンの呼び名はフランス語圏のベルギーの独特の呼び名だそうだ。

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お祭りが終わって静かになったマルクト広場に出て,元来た路をバスに向かった。愛の湖公園あたりまで戻ってきたところで,離れた場所から口をパクパクさせて何やら話しかけている女性に気付いた。

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何のことかと思っていると,後ろから二人の男が「中央駅は向こうだよ」と指さす。女性は駅への路を後ろの男に尋ねていたのだ。バス乗り場のトイレに入ろうとして鞄から財布を出そうとしたら,何とマジックテープ付きのフラップで覆われていたポケットのファスナーが開けっ放しになっているではないか。そして財布が無くなっていた。先ほどの道を尋ねた女性と男性がグルになったスリに財布を盗られてしまったのだ。道を尋ねられる直前に,歩きながら鞄から財布を出して小銭を用意していたのをスリの女が見ていて仲間に知らせていたのだった。財布をすられたときは全く気がつかなかった。イタリア旅行の時はバッグは体の前に抱えるなど十分に注意したのだが,今回はガードが甘かった。

パスポートは何とか無事だったのは幸いだった。財布にはクレジットカードが四枚,銀行キャッシュカード,自動車運転免許証などが入っていた。現金はお土産のレースを買った後だったので200ユーロくらい残っていたはずだ。あわてて,添乗員さんに連絡してまずはクレジットカード会社に連絡して,盗難カードを無効にしてもらう手続きをとった。次の観光に向かうバスの中でもカード会社に電話をかけ続けた。

バスは55km離れたゲントの街に着いたが,まだカード会社への連絡が終わってない。カミさんが,観光は止めて連絡を続けたら,と尤もなことを言う。やむなく,世界遺産の聖バーフ教会は電話を掛けながら外から見るだけになった。ゲントの至宝という神秘の子羊の鑑賞もままならず。手元に残ったチケットだけでは何やら分からない。

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ようやくカード会社への連絡が済んだが,スリ被害のショックは癒えず,20の島に70もの橋が架かる町という水の都ゲントの観光も熱が入らない。が,写真だけはと撮影する姿にカミさんも呆れているようだ。運河沿いには中世の栄華を伝えるギルドハウスが佇んでいる。

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大肉市場をさ〜っと通り過ぎてバスの待つ鐘楼と繊維ホールにたどり着いた。

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気もそぞろで殆ど記憶に残っていないゲントを後にして60km離れたブリュッセルに着いた。ブリュッセルの見所はグランプラス(Grand Place)で大広場の市庁舎の塔が望める。グランプラスへの途中には,何故か,ドン・キホーテの像があった。

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グランプラスに入る手前にはギャルリー・サン・チュベール(Galerie St. Hubert)がある。自由時間にはここのノイハウスで息子へのチョコレートを買った。

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110m × 70mの大広場を取り囲んで市庁舎,ビール博物館,ギルドハウス,王の館(一部改修中),ブラバン公爵の館がある。ここは夜になるとライトアップされると添乗員さんが教えてくれた。

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脇道を歩くとセルクラースの像がある。これに触れると幸福がもたらされと言うが,さすがのカミさんもタッチはしなかった。その先には有名な小便小僧の像がある。1615年に作られたこの像は思ったよりも小さかった。このジュリアン君がなんで世界中でもてはやされるんでしょうか。オシッコを掛けられながらのツーショットを撮ってもらう。

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ふたたびグランプラスに戻ってくると騎馬警官が闊歩している光景にお目に掛かった。

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夕食はチキン料理だった。お約束のベルギービールとベルギーワッフルのデザートだ。

食後はホテルに帰ることになっているが,他の2組のメンバーと相談してグランプラスの夜景を見てから歩いてホテルに帰ることを添乗員さんに伝えた。

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しかし待てど暮らせど9時になってもライトアップの兆しはない。諦めて返ることにして,ドンキホーテの像脇の階段からグランプラスを振り返ると,なんとまぁ,きれいな夜景だ。急いでグランプラスにとって返して夜景を堪能した。スリ被害の傷心の痛手もこの夜景で少しばかり癒された。

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ホテルへの帰りは渡された地図が頼りだ。皆であれこれホテルへの帰路を検討していると,メンバーの一人がゴディバで聞いてきたと言ってきた。その人はまったくの日本にいるような調子で身振り手振りで話してきたという。う〜〜ん,参りました。そういえばこの方は食事の飲み物を注文するときも,まったく自然体で日本語で注文してたっけ。こんな具合に海外旅行を楽しんでいる人もいたのだ。とにかく地図と通りの標識を目当てに,どこかの守衛さんに教えてもらいながらホテルに帰り着くことが出来た。

帰り着いてみるとアメニティー交換が全くされてない。部屋に掃除に入った形跡も無い。新築ホテルで従業員の教育が行き届いていないのだ。歩き疲れて返ってきたので交換の依頼も面倒なのでそのままで寝ることにした。最後の最後までベルギーには弄ばれた。

第六日目(2012年4月28日)

今日はルクセンブルク観光だ。朝食を摂った後は220km離れたルクセンブルクへのバスの旅だ。9時にホテルを出発した。

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途中のドライブインではベルギーワッフルを食べてみた。

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ルクセンブルクに到着してバスを降りて歩いて市中に入っていく。

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まずは昼食だ。今日のメニューはシュークルートだ。何のことはない,ドイツ料理のザウワークラウトだ。

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食後は市街観光だ。目指すはノートルダム大聖堂だ。歩いているところは断崖を利用した城壁のようなところだ。

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憲法広場から眼下に広がるグルント(低地)の素晴らしい景色が眺められた。が,下のグルントを観光するには時間が足りないという。テレビ番組で見て期待していたのに〜〜。

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ノートルダム大聖堂の前を通って大公宮に出た。丁度,衛兵の交代を見ることが出来た。地元の子どもも物珍しいそうに眺めていた。

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添乗員さんはギョーム広場,ダルム広場とその前に立つ自治宮殿そして市庁舎と案内してくれるが,ただただ人混みに紛れて迷子にならないように着いて行くだけだ。

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さっきのノートルダム大聖堂に戻ってきて内部の拝観となった。17世紀のイエズス会の教会と言うけど,もうちょっと大聖堂・教会は食傷気味だ。モダンなステンドグラスが目に付いた。出口から明るい日向に出て寺院観光は終わりだ。

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エスプリ広場でバスを待つこと暫。その間にグルントに降りる階段やらアドルフ橋やらを眺めた。広場にあった貸し自転車は1週間で1ユーロとガイドさんが説明してくれた。ただし,1時間ごとにデポした場所に戻さなければ行けないという。そこで,別の空いている自転車にまた1時間乗れば良いと言うことだ。

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バスに乗って240km離れたフランクフルトに向かった。途中,菜の花畑が延々と続いている光景が広がっていた。ドライブインでの休憩を取ったりして,ホテルリンドナーに6時過ぎに着いた。

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ホテルの部屋はタバコの臭いが充満していたので部屋替えを,添乗員さんにお願いした。ホテルでの夕食は魚料理と米だった。

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夕食後にホテルの近くを散歩した。サマータイムとあって9時でもまだまだ明るい。スーパーマーケットでナッツ,乾燥果物とハリボのラクリッツ・シュネッケン(Lakritz Schnecken)という歯磨き粉&コーラ&ゴム味のグミをお土産に買った。きっと,食べた者は吐き出してしまうだろうな。

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期待外れのうえ,長いバスでの移動だったルクセンブルクの旅とともにベネルクス三国の訪問も終わった。

第七日目(2012年4月29日)

今日はロマンチック街道と古城街道をめぐるドイツの旅だ。今回の旅行を通じて非常に満足したのは何と言っても朝食だ。今朝の朝食も,とくにコーヒーが旨い。

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バスは8時に180kmの距離にあるロマンチック街道上にあるローテンブルクに向けて出発した。今日も菜の花畑の中の村々や風力発電施設を車窓に見ながらの旅だ。

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2時間10分でローテンブルクに着いた。城壁を通り抜けるとそこはまさに中世の世界だ。ローテンブルクは正式にはローテンブルク・オプ・デア・タウバー(Rothenburg ob der Tauber)という。そのほかにローテンブルク(Rothenburgとhが入っていたり,hが入っていないRotenburg)は6つの街がある。ローテンブルク・オプ・デア・タウバーは第二次大戦中に誤って爆撃され街の40%が破壊された。破壊は比較的新しい市街地であったのは不幸中の幸いだった。

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いろいろな看板を眺めながらマルクト広場に歩いて行く。

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プレーンライン(Ploenlein)と呼ばれる三叉路はローテンブルクの名所だ。後方に見えるのはジーバース門だ。

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さらにいろいろな看板が。これらの吊り看板は,もともとは,文字が読めない人々のためのものだったそうだ。

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マルクト広場は市庁舎,市議宴会館(市参事会員酒場,Ratstrinkstube)やメルヘンチックな建物が囲んでいる。今日の広場は春のお祭りで賑わっている。6月のマラソンのゴールがもう設けられているのか。

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ちょっとのフリータイムを利用して,ローテンブルクの名物のシュネーバル(Schneeball、雪玉)を売っているカフェに入った。シュネーバルは短冊状のパイ生地のようなものを丸めて油で揚げて粉砂糖を振り掛けたお菓子だ。お土産に持って行くのだが,油が浮きやしないだろうか。

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ツァーメンバーが集合してまずは聖ヤコブ教会の見学だ。入り口にはサンチャゴ・デ・コンポステーラへの巡礼者の像が立っている。手にしているのは巡礼者の証のホタテ貝だ。

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聖ヤコブ教会の見所は聖血の祭壇だ。

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聖ヤコブ教会を見学し終わってマルクト広場に戻ってみると,市議宴会館(市参事会員酒場)の壁の仕掛け時計が時を打ち始める時刻だった。見事な一気飲み(Meistertrunk)の伝説を現す可愛い仕掛けだがちょっと物足りないか。三十年戦争の1631年カトリック軍がプロテスタンの街のローテンブルグを占領した。カトリック軍のティリー伯が市参事会員の誰かが3.25リットルのワインを一息で飲み干したらローテンブルクを容赦すると約束した。そこでヌッシュ老市長がこの一気飲みを成功させて街を救った,というのがその伝説だ。

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マルクト広場の南隅に1608年のゲオルク噴水(ヘルテリックス噴水)がある。傍らに佇むおじさんは何を考えているのだろう。

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鷹匠のデモを眺めながらブルク門に向かう。門を抜けるとそこはブルク公園が拡がる。バイオリン演奏をする人は自分の CDを売っていた。門の下で二頭の犬を連れたおじさんが一休みしている。

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城壁の眼下にはタウバー渓谷が望める。古代ローマの高架橋のように見える二重橋は14世紀のものだ。渓谷の先にもローテンブルクの街並みが連なる。

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ブルク公園からさらに城壁に沿って歩きヨハネ教会の脇を抜ける。この中には中世犯罪博物館があるという。水責めに使うのだろうか,拷問道具の一部が見える。

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この後,昼食時間までの自由行動時間が取られたので城壁の回廊を散歩することにした。レーダー門から狭い通路を往復して城壁回廊巡りを終えた。

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マルクス塔とレーダーアーチを抜けてマルクト広場に入っていく。

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集合場所のマルクト広場では相変わらず春祭りが賑やかだ。サイクリングしながらの旅人も。いつかはロマンチック街道をツーリングしてみたい。

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全員が集合したところで白い塔を抜け,そしてガルゲン門を抜けて街の外のレストランでの昼食に向かった。

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お昼のメニューはソーセージにザウアークラウトとマッシュポテトだ。もちろんビールを頼んだことは言うまでも無い。

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お次の観光地は古城街道のハイデルベルクだ。170kmをバスで移動した。ハイデルベルクでは市民マラソンがあって,バスが通行できるか危ぶまれた。が,3時過ぎに到着したときには終わっていてハイデルベルク城の下まで入ることができた。

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ハイデルベルク城は城と言うよりも城砦で17世紀に記録に登場している。たびたびの人災,天災に会い今日に至っている。城の入り口から入り庭を歩いてエリザベス門をくぐる。この門はフリードリッヒ5世が妻のエリザベスの19歳の誕生日のために造った門で,一夜で完成させたとか。

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廃墟のようなハイデルベルク城が見える。昔の橋の館は今はチケット売り場だ。添乗員さんがチケットを買いに行っている間に大きなプレッツェルを食べるカミさん。

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橋の欄干にゲーテの名を刻んだプレートがある。ゲーテが1779年にここを訪れ爆破された塔を描いたとある。その火薬塔は1693年に破壊されてしまっている。

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城砦門の天井には落とし格子の鋭い歯が見える。門の扉の輪には傷跡がある。魔女の噛み跡と言われ,城主が「この鉄輪を噛みきれば城を与える」と課題を出したが最後の挑戦者の魔女も叶わなかった,との伝説がある。

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場内に入って左はルプレヒト館で場内最古の建物だ。正面はフリードリッヒ館で右側はドイツ薬事博物館だ。奥に進むと右手にオットー・ハインリッヒ館がある。オットー・ハインリッヒ館の地下にはドイツ薬事博物館がある。

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フリードリッヒ館の下から大樽棟に入っていく。219,000リットルものワインが入る大樽だ。下に降りるとこの大樽を造った道具やワイン監視人ペルケオの人形があり,その脇は引っ張るとキツネの尻尾が飛び出してくる仕掛け時計があった。カミさんが引っ張って面白がっていた。

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そとのテラス(アルタン)に出てみると足元に騎士の足跡なる凹みがあった。伝えでは,城の宴会場の火事の際に大胆にも一騎士がここに飛び降りて付けた足跡,という。しかし,添乗員さんは間男の騎士が逃げ出して付けた靴跡だと説明した。

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テラスからはハイデルベルクの旧市街が見渡せる。空も晴れて思わず溜息の出るような素晴らしい光景が広がっていた。

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ケーブルカーで降りて旧市街散策に向かった。

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マルクト広場に出た。市庁舎と教会がセットになっている。聖霊教会の向かいには騎士の家ツムリッターが建つ。現在はホテルリッターとなっていた。

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学生牢(Studentenkarzer)を通れば大学広場だ。学生牢は大学当局が行儀の悪い学生の懲罰のために作った牢屋だ。マラソンの後片づけも終わりそうだ。大学広場には大学発祥の地である旧大学校舎がある。大学(ルプレヒト・カール大学ハイデルベルク,Ruprecht-Karls-Universitae Heidelberg)はドイツ最古の大学で1386年に創立されている。

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カール・テオドール橋(Karl-Theodor Brueke,アルテ橋)に散策の歩を進めた。橋から振り返ればハイデルベルク城が望める。橋の袂のサルのモニュメントにカミさんが顔を入れようとしたが背が足りなくて…。サルが持っているのは鏡だ。

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アルテ橋やネッカー川の対岸の街並みを眺めながらバスを待った。バスが到着し90km先のフランクフルトに戻った。

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フランクフルトは正式にはフランクフルト・アム・マイン(Frankfurt am Main)といいマイン河畔の街だ。もう一つのフランクフルトはオーデル川沿いにあり,フランクフルト・アン・デア・オーデル(Frankfurt an der Oder)という。ここも第二次大戦で壊滅的な被害を受けている。文豪ゲーテの生まれた街として有名だ。

まずはレーマー広場(Roemerberg)に向かった。市庁舎(レーマー)の前には正義の女神の噴水が建っている。

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夕食は1704年から続くという歴史的レストランで取った。メインメニューは茹で豚とザイウアークラウトと簡素なもの。ゲーテもこんなの食べたのか。この旅行での最後の晩餐となるので,もちろんビールで乾杯です。欲張ってワインも注文した。

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バスに戻る途中のアーヘン大聖堂(カイザードーム)とその近くのローマ時代の遺跡。Roemerberg(レーマー広場)とはローマの丘という意味だ。レーマー広場に戻るとこんなデモンストレーションが。広場は暮れつつあった。

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第八日目(2012年4月30日)

しっかりと朝食を取って,

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腹ごなしにホテル付近を散策した。川縁の公園は空気が澄んでいて気持ちがいい。

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道路側に回ってみると果物屋や総菜屋が目に付く。朝食を摂ったばかりなのにどうしてこう食べ物に興味がいくのだろう。

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10時50分にホテル前からバスに乗りフランクフルト国際空港に向かった。13時55分に機上の人なった。

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機内食の昼食はチキンだがあまり旨くない。そのうちに機内テレビの画面が何やらコンピュータの画面になってしまった。Linuxシステムを起動している画面だ。フライトは大丈夫なんだろうかと心配しても始まらないか。朝食が出たと言うことは香港が近くなったと言うことだ。11時間の飛行機の旅も終わりに近づいた。

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第九日目(2012年5月1日)

香港時刻の6時50分の定刻に香港空港に到着した。遠くに超高層のアパートがひしめき合っている。次の成田への乗り継ぎ便は香港時刻で9時10分だ。

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定刻に出発して昼食が出た。ペンネとワインを頼んだ。

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4時間半のフライトでようやくのことに成田に降り立った。通関後に成田国際空港警察署にいって国際犯罪事件相談票にブルージュでのスリ被害を記載してもらった。相談票と言うだけ合ってただの届け出しか無いのだが。次回の旅では財布とパスポートの管理に今一層の注意を払ってくれと係の警察官を説教された。

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帰国後の数日は自動車運転免許証,図書館カード,JAF会員証,銀行キャッシュカードとクレジットカードの再交付の手続きに追われた。

 Posted by at 10:29 PM

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