常陸西国三十三札所

 

第1回巡礼(2007年4月13日)

自転車通勤からちょっと脇道に逸れて,常磐高速道の谷田部IC近くの羽成(はなれ)観音に立寄ってみた。この羽成観音は常陸西国三十三札所の第二十一番であ るが,無住の観音堂だ。本尊は馬頭観音ということだ。堂内の天井には谷田部藩医であった広瀬周度(1872生)が16歳の時に描いた天井画があるという。 秩父巡礼で習い覚えた般若心経を唱えたが,真言は覚えがないので省略した。あとで調べたら「オン アミリト ドハンバ ウン ハッタ」であった。秩父では 二十八番橋立堂だけが馬頭観音を祀っていた。

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境内には,近くの野仏を集めてきたのだろうか,いくつも石仏がある。

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ここにも金精様(オチンチン)があった。

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第2回巡礼(2007年5月5日)

牛久市久野の観音寺をBD-1を駆って訪ねた。威徳山観音寺は常陸西国三十三札所の十七番でもある。自宅からは14キロほどの道のりであったが,今日も夏日で汗だくのトレーニング紛いの参拝となった。

山門は苔むした石段の上にあり,仁王様が迎えてくれる。

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境内は広々としており,東屋も用意されている。

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観音堂は見事な造りでご本尊の十一面観音を祀っている。額から流れる汗をぬぐって,般若心経,ご真言(おん まか きゃろりか そわか)を唱えた。

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堂宇の向かって左手には梵鐘がある。気付いたのは参拝の後だったので,戻り鐘となるので撞くのは止めた(撞いていいものかどうか分からないが)

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鐘撞き堂の裏手には庭園があった。

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カミさんとの約束の時間が迫っていたが,ちょっと覗いてみた。

鳥獣の供養塔の脇には馬頭観音の石仏があり,ご真言(おん あみりとう どはんば うん はった そわか)を唱えた。チロ,ハナにはとどいただろうか? 仏足石もあった。

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観音堂をぐるっと回ってみると,シャクナゲやシャガが咲いていた。

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この寺は本屋で立ち読みして知ったのだが,行ってみればちょくちょく自転車トレーニングですぐ脇を通っていたのだった。秋の紅葉もまた捨てがたいそうだ。

第3回巡礼(2007年5月12日)

自宅から4キロほどのつくば市下岩崎にある守徳寺までBirdyでポタリングした。ここは常陸西国三十三札所の二十番とある。参道は趣があり札所を期待させた。

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しかし,山門をくぐるとすぐに墓が並び,どうも観音霊場の雰囲気はない。

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第4回巡礼(2007年5月13日)

常陸西国三十三札所の巡りの情報を集めにクルマで近くを回ってみた。まずは県内で最大の観音堂を持つ,稲敷市(旧新利根町)小野の逢善寺を訪ねた。ここは十六番札所としてあり,小野の観音の名で知られているそうだ。仁王門をくぐると広い境内の奥に大きな観音堂がある。

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確かに大きい。般若心経を誦して,千手観音を祀ってあるのでご真言の「おん ばざら たらま きりく」を唱えた。

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堂宇の右手には庫裏がある。茅葺き屋根が見事である。それもそのはず,県の文化財に指定されているそうだ。

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ついで,十四番札所となっている稲敷市(旧桜川村)神宮寺の神宮寺に回った。仁王門は道路よりもかなり高いところにある。

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そこをくぐると広い境内に,寄進された十一面観音の幟がはためいている観音堂があった。まさに,観音巡礼の霊場である。鉦を鳴らし,心経をあげ,ご真言の「おん まか きゃろにきゃ そわか」を唱えた。

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観音堂の右手には神宮寺の本堂があった。平成二年に建て替えられたそうで,まだ新しい。

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ここまでついでに霞ヶ浦方面にハンドルを回し,美浦村舟子の十二番の海源寺に寄ってみた。しかし,本尊は薬師如来ということだ。観音霊場の面影はない。

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陸平(おかだいら)貝塚の脇にある,十三番の妙香寺もまったく観音霊場らしくない。ここには日本三大丈薬師の一つがあった。なるほど見上げるほどの高さの薬師如来であった。

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常陸西国三十三札所巡りの資料はネットでもなかなか見つからない。それでも,ここを利用しているが,どこまで正確な情報か分からない。ご本尊が2ヶ所にあるように書いてあったり,逢善寺が十六番と三十三番で出てきたりする。

第5回巡礼(2007年5月14日)

昼の自転車トレーニングの帰り道,つくば市大曽根の千光寺に寄ってみた。ここは常陸西国三十三札所の五番とある。資料は,もとの札所は補陀落山円光院薬師寺を示している。道路から千光寺へ導く参道の向こうに堂宇が見える。これこそ観音霊場のようだ。

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ところが,正面の堂宇は不動堂であった。左脇に本堂がある。ここのご本尊は千手観音とある。が,常陸西国三十三札所の記述はない。

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般若心経をあげ,ご真言の「おん ばざら たらま きりく」を唱えた。つもりだったが十一面観音の「おん まか きゃろにきゃ そわか」だったような気もする。間違っていたらごめんなさい。

第6回巡礼(2007年5月17日)

常陸西国三十三札所の一番となっている宮山観音堂を訪ねた。雨だったのでクルマでの参拝だ。それは筑西市(旧明野町)の宮山ふるさとふれあい公園の駐車場の脇にあった。

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1723年に創建されたという観音堂には十一面観音が祀られている。般若心経を誦して,ご真言の「おん まか きゃろにきゃ そわか」を唱えた。

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境内には石仏が集められており,その中には如意輪観音も入っている。

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そして,ついに見つけた常陸西国三十三札所の銘があった。建築文化史家の一色史彦氏が書いた「常陸西国三十三札所再興祈念碑」である。平成十年の夏に原典資料が見つかったとある。

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(その後たびたびこの観音堂をサイクルトレーニングを兼ねて訪れた。2011年3月11日に訪ねたときに,観音堂がある宮山ふるさとふれあい公園内の農産物直売所でご朱印を見つけた。300円で販売していたので求めたが,直筆ではなくて印刷されたものであった(これはチト高いゾ)。その折りに,常陸西国三十三札所再興祈念碑を書いた一色氏らによる巡礼地図をもらった。しかし,これじゃ巡礼できそうもないな〜。)

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気を良くして,二番の雲井宮郷造(さとつくり)神社を探しにナビをセットした。筑西市(旧明野町)倉持にある郷造神社は1751年の創建とある。

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明治の神仏分離令による廃仏毀釈のために神社だけが残ったのだろうか,あたりに観音堂は見当たらない。

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しかし,鳥居を挟んだ道路脇には馬頭尊の碑,如意輪観音の石仏があった。どういうことか,二番札所の本尊という十一面観音はなかった。

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第7回巡礼(2007年5月21日)

午後から休暇を取って,ロードレーサーを駆って観音巡礼に出掛けた。まずはつくば市前原の札所二十四番の前原観音堂を訪ねた。観音堂は前原公民館と火の見やぐらに挟まれてあった。

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観音堂の扁額の脇には二十四番の文字が書かれたご詠歌が掲げられていた。間違いなく,ここは常陸西国三十三札所の観音霊場であった。般若心経と馬頭 観音のご真言を誦し終わると,隣の公民館の戸が開いて,顔を出した老婦人がお茶を誘ってくれた。先を急ぐのでご好意は受けられなかったが,ちょっと話した ところでは,その老婦人はすでに百観音を巡礼したという。う〜〜むむむ。

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次の二十五番五宝寺に向かった。あらかじめGPSに登録しておいた場所はR294とR125の交差する近所である。ここにはかつての旭観音堂がある はずだ。境内の右手の木陰に観音堂があった。その脇には確かに二十五番旭観音堂の石碑が建っている。ご本尊は聖観音とあるので「おん あろりきゃ そわ か」のご真言だ。観音堂の扉には,「中を見たら元通りに閉めておけ,中は傷んでいるので触るな」などの注意書きがある。扉を開けてみると,開けられた厨子 の中にご本尊の旭観音が祀られていた。秩父を含めて巡礼でのご本尊が開帳されているのに初めて出合った。堂内には入らなかったが,入り口でありがたく観音 菩薩を拝んだ。

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(7月20日,再び五宝寺をピストを走らせて訪れた。観音堂が開かれていて旭観音を拝むことができた。このような聖観音様のお姿は女性を彷彿させるが,馬頭観音様のお姿はどう見ても男性だ。)

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R294を北上し,二十六番の大宝寺に向かった。ここは神仏分離令で現在は大宝八幡宮となっているようだ。さて,観音様は何処におられるのか。八幡 宮への道標の道は工事中で未舗装だったので,先に進んで迂回することにした。旧R294に入ってしばらく戻った三差路には十一面観音の案内があった。大宝 郵便局ちかくの道を入った,大宝八幡宮の境内の外に不動堂とともに十一面観音堂があった。資料によれば大宝寺のご本尊は十一面観音だから,これに違いな い。堂宇の格子戸の奥には鉄柵に守られた十一面観音菩薩が祀られていた。これで今日はご本尊に2度も巡り合えたことになった。

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旧R294を北上し二十七番の千妙寺を目指した。途中に安産祈願の中郷の観音様があったが,これは三十三札所には入っていない。千妙寺は関東鉄道常 総線の黒子駅の近くにあった。東の比叡山という意味の東叡山を冠するこの寺は天台宗の総本山である比叡山延暦寺の東日本の拠点として栄えたそうだ。なるほ ど境内は実にのびやかである。観音堂にお参りして中を伺ってみると,如意輪観音と書いてある提灯があった。札所は医王山宝珠院如意寺だったらしいが,ご本 尊は十一面観音との資料がある。般若心経を誦して,十一面観音のご真言とともに如意輪観音のご真言「おん はんどめい しんだまに じんばら ん」を唱え た。こりゃ,難しい。

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次なる二十八番の羽黒山清滝寺も神仏分離令のためか,下館の羽黒神社になっているようだ。この資料の 地図を頼りに訪ねたところは確かに羽黒神社であったが,案内板には上羽黒神社とある。この辺りには総勢七つの羽黒神社が建てられて,その元締めが羽黒神社 ということだ。つくりは観音堂らしいが,どうも訪ねる羽黒神社は別にあるらしい。あとで調べ直したところ,下館駅近くにあるらしい。次回に再訪することに して先を急いだ。

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上羽黒神社からしばらく辿った道は水戸へとあり, どうやら間違ったことに気付いた。GPS持っていながらなんということだ。やはり,ハンドルに固定してチェックしながら走るか,地形図を持って走らないと上手くない。

迷いながらも,旧下館市中館の第二十九番札所の観音寺に到着した。着いたところは,幼稚園とお墓と新しい庫裏のあるところで,観音霊場の雰囲気などまるでない。通り かかった保育士さんに聞いてみると,下に行ったところに文化財とかの観音堂がある,という。自転車を担いで石段を降りて行くと,なるほど立派な観音堂に行 き当たった。ご本尊は延命観音とある。三十三観音の一つであるが,ご真言は知らない。お参りをしようとすると,パジャマ姿の老紳士と娘さんらしきかたがお 参りにきた。病気の快癒祈願であろうか。般若心経を誦し始めると,隣の紳士も唱和した。観音堂のすぐ脇には五行川が流れている。そのためか堂宇の肘木には 龍の彫り物が添えられている。誠に立派な観音堂であった。あとで,この資料をみたら,ご本尊の延命観音は一面六臂の特異的なものであり聖観音かどうかは不明,とあった。有名な観音らしいが開帳はされてなかった。

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時間も遅くなり,帰りはたっぷり2時間は走らなければならないので,今日はここで文字通りに打ち止めとした。あちこち迷いながら走った距離は108.94キロ,かけた時間は7時間(実走4時間45分),消費カロリーは2328kcalであった。

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第8回巡礼(2007年5月24日)

再び午後から休暇を取って,ロードレーサーによる常陸西国三十三札所巡りを続けた。R294は追い風で時速35キロは楽勝である。まずは前回の二十 八番札所の羽黒神社を雪辱することにした。なるほど,ここで祇園祭の神輿がでるのも頷けるくらいの立派な神社であった。参拝をしようとすると宮司が通りか かったので,観音堂について訪ねてみた。当初の札所二十八番の羽黒山清滝寺は門前脇の公園にあったそうだ。現在の神社には観音像はないがそのかわりに鎌倉 時代の狛犬があるので,見ていってくれ,という。本殿に上がり,ご神鏡の脇に取り敢えず置かれている像を見せてくれた。平安時代の狛犬に比べて,この鎌倉 期のものは四肢が太くできていることなどを解説してくれた。二礼二拍一礼をして神社を辞した。 二十九番は前回に回っているので飛ばして,三十番の福聚寺に向かった。

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三十番札所は,元は,世音山示現寺で千手観音を祀ってあったようだ。真岡鐵道の久下田駅の近くの,現在の三十番札所になっている福聚寺は緑が生い茂る涼しげな境内を持っていた。ガラス戸越しの本堂内には仁王像が見えたが,ご本尊は判明できなかった。

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境内の脇に観音堂らしきものを見つけたが,どうやら像のとる姿勢は如意輪観音のようだ。参拝中に早くもヤブ蚊に刺された。もう夏がそこまできている。

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この資料が示す地図を頼りに自転車を進めたが,第三十一番札所の宮本山観音堂が見つからない。近所の年配の方々にお尋ねしても分からなかった。この近くのお寺さんは徳聖寺だ,というのでに回ってみた。

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境内には真新しい六観音の石仏が林立し,その脇に建つ観音堂を見つけた。

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しかし,扁額を見ると「西国十二番」とある。十二番は美浦村の海源寺なのだが。祀られているご本尊も何か不明。

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三十二番札所は,元は,岩谷山東光寺とあるが,現在の札所は妙法寺である。旧岩瀬町の上野沼やすらぎの里の北1.3キロのところにあった。ここは北関東不動札所六十一番にもなっていて,即身仏(ミイラ)でも有名だそうだ。山門をくぐると鐘楼がある。

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ご本尊は如意輪観音ということなので,般若心経に続いて「おん はんどめい しんだまに じんばら ん」とつっかえ,つっかえ唱えた。が,境内は不動明王一色であった。

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近くの結願寺の月山寺をたずねる時間は十分にあったが,まだ三十三札所の全部を回ってないので止めにした。R50から岩瀬〜土浦を結ぶリンリンロー ド(筑波山鉄道の跡地)を,これまた観音様の御利益か,追い風に乗って走れた。途中,リンリンロードが途切れる,つくば市上大島には六番札所の一乗院があ るので立ち寄った。本来の札所はつくば市玉取の旭山玉蔵院東西寺ということである。

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ここも北関東不動札所の一つで,境内は良く手入れされた庭園がある。本来の札所のご本尊は千手観音ということなので,ご真言を唱えてそこを辞して出発地に戻った。本日の走行距離は101.94km,実走時間は4時間18分,消費カロリーは2156kcalであった。

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第9回巡礼(2007年5月26日)

常陸西国三十三札所のうちの二十二番と十九番を回った。午後の三時に自宅をロードレーサーに跨がって出掛けた。まずは谷和原村(現つくばみらい市) 福岡の二十二番札所の大楽寺に参拝した。本堂脇の説明には確かに,十一面観音が安置されているとの記載がある。拝礼して心経を誦す段になって,経本を忘れ たことに気が付いた。え〜と,ご真言は確か「おん まか きゃろにか そわか」だったな。「南無観世音,南無観世音,南無観世音」と唱えただけにした。ご めんなさい。(2009年8月27日に再び訪ねて,住職の話が聞けた。現在の大楽寺はかつての大楽寺の末寺であるということだ。火事で焼けたりしてここだけが残ったとか。この大楽寺が常陸西国三十三札所になっていることはご存じなかったようだ。十一面観音様を拝観させてもらったが,頭に頂くはずの十面の観音様は無くなっていた。)

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GPSの地図を頼りに,近くの十九番千手院に回ろうと走り出したものの,工事中で道路が無くなっているではないか。工事の向うには高層マンションが 見える。そこはTX(つくばエクスプレス)のみらい平駅らしい。沿線は開発に次ぐ開発で,新しい道が出来ていて旧道を示すGPS地図ではどうしようもな い。それでも,あちこちとGPSの指示するままにフラフラ走り回り。ようやく伊奈町(現つくばみらい市)足高の龍儀山千手院に着いた。ここは無住の観音堂 で地元で管理しているとのことなので,実はあまり期待しなかったのだが。

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しかし,地元の方々によって改修された観音堂は立派で,その脇には確かに常陸西国三十三札所の十九番であることを示す碑が建てられていた。回りは田 んぼでそれほど大きくない集落だが,立派に堂宇を改修してある。観音信仰の強さが偲ばれる。ご本尊は千手観音ということだが「おん ばざら たらま きり く」が出てこない。 「南無観世音,南無観世音,南無観世音」だけで済ませた。堂内には確かに千手観音菩薩が祀られていた。

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田圃の向うには小貝川の堰が見えるので,とにかく小貝川を目指せば帰宅できるだろうと走り出した。交差点にある道標をみれば,今来た道をもどれば 「きらく山ふれあいの里」に行けるようだ。何ということはない,観音堂の向うはきらく山で,その向うは茎崎のわが家ではないか。夕暮れ迫る里山の道を,観 音様に会えてよかったと思いながら急いだ。走行距離は38.79キロ,実走時間は1時間47分,消費カロリーは766kcalであった。今週は一気に札所 巡礼をやってしまったので,かなり疲れた。

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第10回巡礼(2007年6月6日)

BD-1で大学の近くのつくば市金田にある常陸西国三十三札所の第七番札所の日輪寺を探しに出掛けた。今日は2万5千分の1の地形図をコピーしてきたが,GPSは持ってこなかった。

地図を頼って日輪寺を探し当てた。山門に寺の由来が書いてあるが,観音霊場のことは全く記されていない。

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本堂は建て直されて新しい。脇には大師堂があるが観音堂はない。朝日観音堂が七番札所になっていたらしいが… 本堂で十一面観音の真言を唱えて,日輪寺を後にして,R125に向かって走り出した。目指すはつくば市寺具の宝蔵寺だ。

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三番札所の宝蔵寺は作谷(つくりや)郵便局の近くに あることを前もって調べておいたが,マークしたところは田圃の中でお寺などない。地図で寺具地区にお寺があることを知り,そのあたりをウロウロ走った。通 りかかった地元のご婦人二人に宝蔵寺を訪ねるが,宝蔵寺という名前か知らないが,そこにお寺がある,という。とにかく訪ねてみると,果たしてそこには常陸 西国三十三札所の第三番であるという石碑があった。やった〜。

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本堂で般若心経を誦して,聖観音のご真言「おん あろりきゃ そわか」を唱えた。久しぶりの聖観音様であった。

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観音堂は見当たらないものの,境内には聖観音の新しい石仏がおわした。

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ここから,小貝川がR6と出合うあたりの十八番札所を回るべく,南下した。つくば市上郷から小貝川堤防に出て,下流を目指した。途端に,後輪がパン クしてしまった。ビンの破片を踏んでしまってようだ。予備チューブをセットしてハンディポンプで空気を入れるがが,これがなかなか大変だ。とにかくにも走 れる状態にして再出発した。が,向かい風でスピードはあがらず,日も段々落ちてきた。あと数キロと言うところで六時半をまわってしまったので,藤代紫水高 校で自宅に方向転換した。

と言うわけで,思いの外の走行となった。走行距離は81.51キロ,実走時間は4時間44分にもなった。この距離をBD-1で走るにはちょっとね〜

第11回巡礼(2007年6月9日)

朝一番で,ゆかりの森の近くに借りている家庭菜園でジャガイモを収穫しに行った。クルマに自転車とカメラを積んで,一仕事終えた後に近くの上郷の峰 出山・十一面観音を訪ねた。ここの観音堂を見つけたのは,資料を頼りに上郷の地図をMapFan Webで探した結果だ。このMapFanの拡大を最大にしたら見つけることが出来た。Googleマップでは出ていなかった。

ここはかつては常陸西国三十三札所の第二十三番札所の峰出山観明院があったところだ。家庭菜園からは10キロほどの,上郷の市街地の「上郷」バス停のすぐ近くを入ったところにあった。道路には十一面観音の標識が掲げられている。観音堂の脇には横町公民館が建っている。

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現在の観音堂は平成6年に改修したとある。 「横町の観音様」と親しまれていて,毎月17日には観音講が開かれて,近所の信者が終日観音経を唱えるそうだ。いまだに,このあたりでは観音信仰が盛んなようだ。

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堂宇のガラス戸の向こうには観音様が祭られているが,緞帳が垂れていて肝心の十一面を冠したおつむが拝めなかった。 心経と十一面観音様のご真言を唱えた。

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さて,今日こそは先日中断した十八番札所参拝をリベンジしようと,ロードレーサーで乗り出してきている。県道24号線をもどり,県道45号線を南下 してR354から小貝川のサイクリングロードに入った。今日も南風で向かい風であるが,ロードレーサーなので時速30キロでも走れる。40キロくらい走っ たところで,ようやく小貝川を跨ぐR6の文巻橋に行き着いた。このすぐ脇に清水山慈眼院の石碑が示す,十一面観音堂が見つかった。

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残念ながら入り口の戸はぴったりと閉じられてご本尊は拝めなかった。ここでも心経と真言を唱えて,現世の御利益をお願いした。

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堂宇の脇には新四国八十八ヶ所 の第六十七番札所を示す石碑と大師堂が建っていた。

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R6に戻り,牛久駅まで追い風に乗って時速40キロでかっ飛ばして,前回の六番札所の一乗院が管理する玉取の千手観音堂を改めて訪ねてみよう自宅を 通り越した。この六番札所もMapFanを精査して見つけたのだ。しかし,疲労が溜まってきたのと,帰りも向かい風の状況があっさりと諦めさせた。 R408に出るあたりをウロウロと逡巡したが帰宅の徒についた。本日の走行距離は67.9キロ,実走時間は2時間39分,消費カロリーは1664kcal であった。

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第12回巡礼(2007年6月10日)

昨日廻ろうと思って中止した玉取の千手観音探しに出掛けた。今にも雨が降りそうな空模様の中をロードレーサーで乗り出した。前回の六番札所はつくば 市大島の一乗院として訪ねたが,どうやら,この一乗院が管理する千手観音がかつての常陸西国三十三札所の第六番札所の旭山玉蔵院東西寺で現在の玉取旭山・ 千手観音ということのようだ。今年オープンしたつくば養護学校の裏手につくばメモリアルホールがあり,そのさらに裏手の八幡神社の向いの小道を入ったとこ ろに観音堂を見つけた。MapFanが示す通りであった。

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境内の右手には廃屋があり,柱時計や習字が掛かっている。堂宇の右脇には小さなお堂がありご詠歌が掲げられていた。

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そのご詠歌には確かに第六番と書いてある。やはりここが札所第六番なのだ。でも,阿州安楽寺って何だろう。もしか,阿州とは阿波のことかと思って四 国遍路を調べてみた。案の定,四国霊場六番札所の温泉山瑠璃光院安楽寺のことだった。ご詠歌もこの安楽寺のものだ。旭山玉蔵院東西寺のご詠歌は「ふしおが む 手に玉とるや あさひ山 ねがふ心の そこにかがやく」とのこと。ということは,この堂は大師堂なのだろうか。六番に観音と弘法大師を重ねてあるのだ ろう。この堂の前にはブリキ缶の蓋に,いくばくかのお賽銭が置いてあった。

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観音堂の前に戻ってヤブ蚊に刺されながら,般若心経を誦す。汚れたガラスの向こうを透かしてみると,確かに千手観音様が祀られていた。ご真言をとなえ,現世利益をお願いした。

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降り出さぬ内にと帰路を急いだ。観音堂への小道を分ける道路をさらに先に進んだら,なんと,いつも不動峠への自転車トレーニングで走っている道に出 合った。灯台元暗し,とはこのことだ。走行距離42.67キロ,実走時間は1時間43分であった。自転車,とりわけロードレーサーでの巡礼はとかくトレー ニングになってしまう。走りながら考えたりすると危ないので,走りに集中せざるを得ない。一通り札所を廻って確認したら,歩き巡礼をしてみようか。

第13回巡礼(2007年6月18日)

この資料を 基に 以前(5月13日)に廻った十二番札所の海源寺と十三番札所の妙香寺がどうも腑に落ちないので,MapFanで精査してみた。十三番札所のひらだい山・十 一面観音らしき観音堂が妙香寺から400mほどのところに見つかった。クルマで訪ねてみると地図が示す場所に観音堂があった。

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屋根も壁面もトタン板である。十一面観音に寄せるご詠歌が掛かっている。

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やはりここが十三番札所の観音堂なのだ。しかし,堂内を覗くと額には聖観音とある。

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十一面は見えず,どうやら祀られているのは聖観音様のようだ。

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般若心経の後に「おん きゃろにきゃ そわか」と「おん あろりきゃ そわか」の2つのご真言を唱えた。 堂内はあまり奇麗ではないが,観音様を飾る緞帳が愛らしい。

次いで稲敷市(旧東町)阿波崎 の第十五番札所の根崎山観音寺を訪ねた。あずま北小学校から300m程のところに立派な山門があった。しかしなぜか仁王様がいるはずの場所は空いている。

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山門をくぐると石段が続き,その上にきらびやかな観音堂があった。

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鮮やかな朱塗りの観音堂である。

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扁額が本尊は馬頭観音であることを示している。

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ここも無住の観音堂だが,中には年男の名前を書いたものが10枚近く貼られている。地元の信仰の熱さが偲ばれる。ご本尊の馬頭観音は厨子の中に祀られていて,残念ながら,拝観できなかった。

海源寺が管理するであろう舟子山・聖観音の観音堂はMapFanでも見つかってない。 海源寺で聞いてみるほか無いか?

第14回巡礼(2007年6月19日)

30℃にならんとする暑さの中をロードレーサーで土浦市,かすみがうら市の常陸西国三十三札所の観音堂を探しに出かけた。地図は,八番札所の内浦山 千手院は土浦市の街中の中央2丁目にある,と示す。10年ほど前はたびたび土浦に買い物などに出かけて街中は知っているはずだが,迷ってしまった。探し当 てた千手院は立ち並ぶ家々の間の路地を入ったところにあった。観音堂の隣はすぐ民家だ。ご本尊の千手観音は厨子のなかで拝むことはかなわなかった。町内の 老人会で管理されているようで,内部もきれいだ。

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九番札所の照井山善応寺は土浦一高のすぐ近くにあった。ここへの道(旧水戸街道)や善応寺前の道は,私がかっては霞ヶ浦への抜け道によく通った道で あった。観音堂は1670年に土浦城主の土屋数直が建てたもので,屋根瓦にその紋が見られる。さすがに立派な造りである。善応寺はまた関東八十八ヶ所霊場 の第三十五番にあたります。堂宇の下の道路(旧陸前浜街道)脇には照井の井戸が今なお湧き出ていた。流れる汗をぬぐって,心経と聖観音のご真言を唱えた。

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木田余(きだまり)を抜けて霞ヶ浦の湖畔の道は,私の自転車トレーニングコースでありまた霞ヶ浦マラソンのコースにもなっている。川尻のバス停から 左に入っていくと,南圓寺に行き当たった。さらに進むと,木立の中に観音堂が見つかった。十番札所の立木山・千手観音堂である。 回りには誰の気配もないので大声で心経とご真言を唱えた。堂宇の内部は真っ暗で何も見えなかった。

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十一番札所は元の道にもどった崎浜のわんかい山・聖観音だが,まずは先の立木観音とを管理する南圓寺を訪ねた。境内はゆったりとしており,東国花の百ヶ寺の一つに数えられているそうだ。

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本堂脇の庫裏を訪ねる配達人がいたが,どうやら留守らしい。十一番の観音堂がどこかを訪ねることも出来そうもない。帰路に着こうかと土浦に向けて走 り始めたが,日も高いので 崎浜に戻ってみた。道で出合った二人の老婦人にこの辺りの観音様を聞いてみたが知らないという。4,5キロ先の志戸崎にはあるというので回ってみることに した。しばらく走ってであった子ども連れの母親に観音堂を尋ねると,歩崎観音のことではないかとのこと。歩崎はもっと先で,崎浜とはかなり離れるているの でこれは違うだろうと判断して,出直すことにした。帰りは霞ヶ浦湖畔の堤防道を追い風に乗って走ったが,もはやトレーニングペースで走るほどの脚も残って いなかった。本日の走行距離は82.3キロ,走行時間は3時間38分であった。

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今日の巡礼で,四番の大じ山・千手観音と三十三番の門毛山・聖観音を除いて,一通り回ったことになる。四番は個人所有ということで皆目見当がつかな い。三十三番は地図でも分からないが,管理は十六番の逢善寺となっている。一番の宮山観音堂に常陸西国三十三札所の復活を願う碑があったが,回ってみると 無住の観音堂をもっと保護しないことには,と感じた。明治の神仏分離令による排仏毀釈運動はすくなからずこの常陸西国三十三札所にも影響している。そし て,今や巡礼道はクルマが頻繁に通る道となり,とても歩き巡礼を実行する気にはなりそうもない。歩き巡礼の予備調査として,クルマと自転車で回ってみた が,はてさてどうしようか…

第15回巡礼(2007年7月6日)

夏休みに入り少し暇になったので,午後から休暇を取って常陸西国三十三札所の番外の結願寺とされている桜川市の月山寺までロードレーサーで出掛ける ことにした。LiveDoorの地図を調べている最中につくば市金田の桜中学校の東端の朝日観音堂を見つけた。この前は第七番札所として朝日観音堂を管理 している日輪寺を廻ったが,今日ようやく本来の札所を見つけることが出来た。大学からは4キロほどのところにあるので,まずは朝日観音堂を訪ねてみた。

観音堂は桜中学校の東門の脇にひっそりと建っていた。

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境内には地蔵尊や如意輪観音の石仏が纏められていた。

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祀られているのは十一面観音ということで心経のあと「おん まか きゃろにきゃ そわか」を唱えた。が,堂内を撮影させてもらった画面をみると,どうも聖観音のように見える。

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ここから,かつての筑波鉄道の常陸藤沢駅跡まで行き筑波自転車道(リンリンロード)を岩瀬に向けて走り出した。陽の照りつけはそれほどでもないが向 かい風でけっこう体力を消耗した。岩瀬駅から国道50号を走り,羽黒駅への交差点を駅とは反対方向に走ると,やがて立派な山門に行き当たった。常陸西国三 十三札所の結願寺である月山寺だ。

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境内は広々とした禅風の石庭が設えられていた。

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本堂も立派だ。

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右手に観音堂らしきものがあったので廻ってみた。

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扉が開いていたので覗いてみると,観音様ではなく布袋様が出迎えてくれた。そうだ,月山寺は常陸七福神の布袋尊を祀ってあるところなのだ。それにしてもさすがの恰幅だ。

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石庭に戻って右手を見上げると千手室というベンガラを塗ったような大きな堂宇があった。これが千手観音堂のようだ。

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堂宇の前に立ったもののどうもお参りをする気になれない。常陸西国三十三札所を廻り終えて結願してないのだ。それに資料では月山寺の本尊は聖観音とある。

境内を横切ったところには月山美術館があった。平日ということもあり観覧者は誰もいないので引き上げることにした。この月山寺は花の百寺にも数えられている。秋にでも訪ねてみようか。

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本日の行程は98.20キロ,走行時間は4時間ちょうど,消費カロリーは2137kcalであった。

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第16回巡礼(2008年7月3日)

一年振りに,それまで不明であった,常陸西国三十三札所の第四番の大じ山千手観音堂を打った。昨年の巡礼で参考にした木の村・コレクションに追加されていたことが契機になった。こちらの資料には個人所有とあったので,はなから探すのを諦めていた札所だった。筑波山の西側の池田の集落の外れにその観音堂はあった。

丁寧な字で,確かに常陸西国第四番札所であると書かれている。般若心経とマントラを唱えて,件の願い事をした。そして,この6月13日になくなられた恩師のS先生のご冥福をお願いした。

内部を覗くと格子と注連縄の向こうにかすかに千手観音様が拝める。

よ〜く目を凝らすとうっすらと千手観音様のお姿が浮かんできた。

雨がパラついて来たので大学に急いで向かった。大学までは11.9キロ,32分と意外に近場であった。自宅からこの四番札所を打って大学までの走行距離は39.6キロ,1時間36分であった。(地図をクリックするとイメージが拡大されます!)

第17回巡礼(2009年2月13日)

自転車のLSDトレーニングを兼ねて,以前から気になっていた常陸西国三十三札所で不明であった第三十一番札所の宮本山観音堂を訪ねた。前回の巡礼では木の村コレクションの地図でも不明であったのだが,今回は地元を聞き回って探索することにした。前回の探索地を進めて,内外大神宮を訪ねてみた。大同年間(806〜810年)に建立されて,伊勢神宮のように天照大神と豊受大神を祀っている。本殿は1679年に再建されとある。

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左が内宮で天照大神を祀っている。

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右が外宮で豊受大神を祀っている。

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参拝を済ませて,ふと気がつくと神社の脇に宮本公民館があった。これまでの体験からすると,神社,集落センターのそばには観音堂があることが多かったのであたりをよく見渡してみる。すると,小さな観音堂があった。

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自転車を立てかけた供養塔には文久三年の文字が読める。

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堂宇の脇には古そうな石仏が並んでいる。

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十一面観音様が祀られているのかと堂宇の内部を覗いてみるが暗くてよく分からない。

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畑仕事をしていた老婦人に尋ねて見るもどうも要領を得ない。他に観音堂は無いかと,さらに辺りを探してみるがそれらしきものは無い。そこにイヌを散歩させている婦人が通りかかったので,聞いてみた。すると,常陸西国札所のことは知らないが,何でも安産のお守りの観音様としてこの近所の何人かの方々が堂守をしているとのこと。どうやらここが常陸西国第三十一番札所の宮本山観音堂(N 36°22′18.48″,E140°01′08.39″)に間違いないようだ。

走行距離は85.9km,走行時間は3時間45分のけっこうなLSDトレーニングとなった。この季節にしては異例の暖かさで,気温は20℃を越えたかもしれない。1840kcalの消費エネルギーをたっぷりの麦ジュースで補った。

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第18回巡礼(2009年4月24日)

一昨年(2007.5.12)に訪ねた第二十番札所守徳寺の観音堂を見つけた。守徳寺の北200mのところに下岩崎集落センターがある。その脇に第二十番札所岩崎がんき山如意輪観音堂(N 35°58′36.9″,E140°06′23.0″)があった。実はこの辺りで自転車のトレーニングを偶にしているのだが,昨日たまたま脇道に入ったら見つかった。その足で守徳寺を訪ねてお寺の老婦人に尋ねてみた。常陸西国三十三札所の札所であるかどうかは知らないが,ウチが管理している観音堂であり,1月8日と7月8日にはご開帳している,ということであった。

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観音堂の裏手の樹の下には古そうな石仏が残っている。如意輪観音のお姿,馬頭観音の碑などがあった。

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朱塗りの観音堂の上部には観音参りで賑わう情景が描かれた額が掲げられている。よく見れば,描かれているのは,島田髷を結って羽織の正装をした婦人である。堂宇前の灯籠にも,脇の手水鉢にも女人講と印されている。安産祈願のためか,はたまた女同士の情報交換のためでもあったのかこの観音堂は女性と縁が深かったようだ。

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堂内にはご本尊の如意輪観音様が祀られているという。集団登校で集まってきて鬼ごっこ遊びで騒がしい中であったが,般若心経を誦して「おん はんどめい しんだまに じんばら ん」のマントラを唱えた。

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ここから二十一番札所の羽成観音堂までの巡礼道を想像しながら走り,大学に向かった。25.41kmのみちくさ通勤となった。(地図をクリックするとイメージが拡大されます!)

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第19回巡礼(2009年6月8日)

2007年6月19日の第14回巡礼で回った第十一番札所の崎浜わんかい山・正観音がどうも気になって観音堂を探し当てに出かけた。十一番札所はかすみがうら市加茂の南円寺が,第十番札所の立木山・千手観音と共に,管理しているようなので(古建築研究会による)前回は不在で尋ねられなかった同寺を再び訪れた。運の良いことに住職がちょうど出かけるところに出会えた。聞けば十一番札所は霞ヶ浦湖畔の崎浜の貝塚の上にあるという。そこならば自転車のトレーニングで何回か通ったことがあるので見知った地点だ。貝塚の上に墓地があり,そこにトタン葺きの観音堂があるという。観音堂は地元の管理で,この南円寺の管理ではないと言うことであった。

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崎浜横穴古墳群脇の道路を北に50mほど進み,民家の前の細い道を登ると南円寺の住職の言葉通りの墓地に出た。その上には朱塗りのトタン葺きの観音堂があった。これが第十一番札所のわんかい山・正観音を祀る観音堂である。

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観音堂の扉に空けられた穴から覗いてみても,真っ暗で何も見えない。しばらく覗いて眼が慣れてきて,ぼんやりと内に何かあるのが見えた。カメラのフラッシュをセットして手当たり次第に撮ってみた。何と,仁王像らしきものが写った。そして,その向こうには観音像らしきものが写っていた。盲目滅法に撮って,ようやく観音様にあたった。こころ静かに心経を唱えることが出来た。

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ふたたび貝塚に降りて,小雨に煙る霞ヶ浦の南の対岸を望んだ。かつての巡礼者はここから対岸に舟で渡り,第十二番札所を巡拝したのだろう。

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土浦市内を経て湖をぐるりと回り,第十二番札所とある海源寺を2年ぶりに再び訪ねた。寺の大黒さんに常陸西国札所について尋ねてみたが「数年前の本か何かに当寺が札所になっていると出ていると聞いたが,ウチは観音巡礼とは関係ない」という返事であった。また,この近所には観音堂は無いとのことでもあった。それならば,いつの日か自転車で湖畔の観音堂を探索してみよう。

第20回巡礼(2009年6月12日)

一昨年の第5回巡礼で五番札所の山木・ふだらく山・千手観音を祀っていると解釈して庭星山千光寺を訪ねたが気になっていたので,直接尋ねて見ることにした。住職は千光寺が常陸西国札所になってはいないというような話だった。平成7年に寺史をまとめた印刷物には山木の薬師寺が記載されていたが,今は無いという。山木には円乗寺という無住の寺があるが,そこに小さな堂宇があるという。訪ねてみると寺はなく研修センターがあり,脇に小さな堂宇があった。入り口脇には馬頭尊などの石碑が並んでいる。(写真クリックするとイメージが拡大されます!)

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堂宇は近年のものでサッシのドアのガラスは破られていた。その中に新しく刻んだ千手観音が祀られていた。おそらくこれが第五番札所の山木ふだらく山・千手観音であろう。

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近所をうろついて出会った二人のご老人の話を総合すると,かつての薬師様(薬師寺)は現在の国道408号上にあった,そこの薬師様を円乗寺に移した,そのときに千手観音も移転したのだろう,ということだった。たしかに円乗寺の研修センターの裏には瓦葺きの堂宇が続いている。

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現在のR408は35年ほど前につくば研究学園都市が造られるときのものだろうから,薬師寺はその頃には廃寺になっていたのかも知れない。ここ円乗寺もその後に廃寺となったのであろう。

第21回巡礼(2011年1月28日)

2007年の第8回巡礼で三十二番札所の妙法寺を訪ねたが古建築研究会の情報には岩瀬町(現桜川市)大泉の東光寺の札所も併記されている。さらに結願の三十三番札所の門毛山の観音は岩瀬町(現桜川市)門毛にあったのだが件の情報は新利根町小野の十六番札所の逢善寺になっている。いずれも廃寺になって現在の管理者が記載されているのだろうがどうも気になっていた。で, 久しぶりに常陸西国三十三札所の最後の二つの痕跡を直接尋ねて見ることにした。地図で桜川市大泉と門毛の見当をつけて自転車ツーリングで出掛けた。

大泉の農産物直売所で東光寺のことを訪ねてみたが,予想通り,知らないと言われた。辺りをポタリングしていると古い観音堂(N 36°23’31.2″ E140°04’41.4″)らしきものがあった。しかし隣には改築された金性寺本堂があった。観音堂内を覗いてみたが観音様は見当たらなかった。どうもここではなさそうだ。

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地図を頼りに門毛に回った。製材所で訪ねてみたら薬師堂(N 36°24’08.8″ E140°08’14.9″)はあるが,観音堂は知らないという。教えられた場所を探し当ててポタリングして,ようやく薬師堂を見つけた。しかし,もちろんのことここは門毛山観音堂ではない。

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暮れゆく冬日の中を,吹っ切れない思いで家路を急いだ。思いペダリングは向かい風のせいだけではなかった。

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本日の行程は127.6km,総時間7時間50分,消費カロリー2400Kcalであった。

第22回巡礼(2011年2月25日)

インターネットで「桜川市」,「門毛」,「大泉」などのキーワードで検索をしていたら「いっっ・あ・さくらがわわーるど」というホームぺージが引っかかり,そこの「ふるさと歴史散歩 いわせものがたり」の「大泉 下地区」で東光寺に関する記述を,「門毛山済雲寺観音堂」で門毛山観音堂に関する記述を見つけた。それによれば,東光寺は江戸末期に焼失して跡地があること,門毛山観音堂は地元の吉田家で再建していることだ。さっそくに春一番が吹いて20℃の春の馬鹿陽気のなかをロードレーサーを駆ってでかけた。

道ばたで農作業をしていた婦人に東光寺のことを聞いてみたが分からないという。縁側があいていた家があったので,東光寺跡は北山の台地にあると言う情報を老婦人に尋ねてみた。が,東山・西山と地元の人は言うが北山は無い,と言う。それもそうだ,東山と西山の間に南北に道路が走っているので南北には山は無いのである。近くのお寺さんを見つけて大黒さんに聞いてみた。住職も知らないと言うが大黒さんは,東山の北の外れの高台に共同墓地が有ると言う。一縷の望みを託してその地に行ってみた。貸し農園の台地の向こうに鉄塔があり,その足下の墓地の中に観音堂が有るではないか。中を窺うと如意輪観音様が見える。第三十二番札所の東光寺は如意輪観音様を祀っていたはずだ。

堂宇に,殆ど消えて判読も難しいが,新四国卅七…と読める額が掲げられていた。ここが第三十二番札所東光寺(N 36°23’22.6″ E140°05’06.3″)だったのだろう,と自分を納得させて門毛を目指した。

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門毛に着いて,赤ちゃんを負んぶしている老婦人に吉田家とその観音堂のことを訪ねた。吉田家を訪れて常陸西国三十三札所の観音堂を聞いてみたが,此処ではなく本家の方だろうと教えられた。で,本家の吉田家を訪れて婦人に観音堂のことを訪ねると,ビンゴ! 第三十三札所の観音堂をこの吉田家が再建してお祀りしているとのことだ。本家の道を挟んだ竹藪の中に観音堂が有るというのでロードレーサーを置いて行ってみた。

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小道を上がってみると,果たして,再建された新しい観音堂に出会った。門毛山観音堂の額も顆窩出られている。堂内の厨子の中には聖観音さまが祀られいて,毎年の初観音にはご開帳してお参りするそうだ。結願の般若心経をあげた。

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観音堂の隣には今にも朽ち果てようとしている堂宇があった。吉田家の奥様の話では,だいぶ前まではここで地元の方々が集まって大きな数珠を回しながら念仏を唱える講が催されていたそうだ。

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ロードレーサーでの帰路は,春一番の南風が逆風となりおまけに花粉症が出てしまって鼻水・涙ダラダラの走りであった。136.5キロの行程をトータル8時間,消費カロリー2700Kcalあまりのサイクリングであった。

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兎にも角にもこれで常陸西国三十三札所が結願したことになる。お礼を述べに吉田家に挨拶に行ったら丁度ご主人が外出から帰られたところだった。そこで,驚いたことには常陸西国の三十三札所の私家版の巡礼記録を見せられたことだった。パソコンのプリントアウトを和綴じにした写真と文章の記録集だ。作成した方はつくば市北条在住の方だった。そういえば,この方の苗字をひらがな書きした千社札が札所のそこかしこにあった。お会いして話を伺いたいが,どちらの方かは分からない。

さらにこのブログを書くにあたってネットサーフィンしてみたら,なんと同じくつくば市の方でそれもロードレーサーをも使ってこの札所を巡礼した方(「さらご寺」さん)がいたことを発見したではないか。それもこのBikingBlogを参考にしてくださっていたことだ。この方にも連絡を取りたいのだが,ここしばらくざらご寺さんのブログは更新されていない。

常陸西国三十三札所の地図データ

カシミール3Dで読めるgdbデータファイル(hitachi33.gdb)をアップロードした。

H01宮山観音堂 N36 15 27.9 E140 02 53.2 40 m
H02雲井山 N36 14 17.0 E140 02 16.3 27 m
H03宝蔵寺 N36 11 11.4 E140 02 03.0 25 m
H04大じ山 N36 11 29.6 E140 04 14.0 15 m
H05ふだらく山 N36 09 59.0 E140 04 31.6 20 m
H06旭山観音堂 N36 07 53.2 E140 06 27.3 24 m
H07朝日観音堂 N36 05 54.4 E140 07 52.1 23 m
H08土浦千手院 N36 05 02.6 E140 12 09.4 2 m
H09善応寺 N36 05 41.2 E140 12 06.2 10 m
H10立木観音 N36 04 59.2 E140 17 11.4 20 m
H11わんかい山 N36 03 49.2 E140 17 26.3 20 m
H12海源寺 N36 01 22.9 E140 16 53.9 18 m
H13間野観音堂 N36 00 45.5 E140 21 09.3 4 m
H14神宮寺 N35 57 27.8 E140 22 18.4 25 m
H15阿波崎観音 N35 56 35.3 E140 25 07.7 19 m
H16逢善寺 N35 55 39.6 E140 19 01.4 24 m
H17久野観音寺 N35 58 23.7 E140 13 40.1 24 m
H18慈眼院 N35 55 34.5 E140 07 44.7 5 m
H19千手院 N35 57 09.9 E140 05 12.4 13 m
H20がんき山 N35 58 36.9 E140 06 23.0 17 m
H21羽成観音堂 N36 01 19.9 E140 05 23.7 9 m
H22大楽寺 N36 01 51.4 E140 01 55.8 20 m
H23峰出山観音 N36 06 31.8 E140 00 33.5 20 m
H24前原観音堂 N36 07 50.0 E140 00 48.5 25 m
H25五宝寺 N36 11 19.3 E139 58 29.9 24 m
H26大宝寺 N36 12 19.4 E139 58 26.9 23 m
H27千妙寺 N36 15 00.2 E139 58 39.3 32 m
H28清滝寺 N36 18 35.9 E139 58 42.6 38 m
H29中館観音寺 N36 19 58.6 E139 58 34.4 41 m
H30福聚寺 N36 22 19.6 E139 58 33.6 47 m
H31宮本山観音堂 N36 22 18.5 E140 01 08.4 47 m
H32東光寺 N36 23 22.6 E140 05 06.3 49 m
H33門毛山 N36 24 15.1 E140 07 52.7 49 m
H00月山寺 N36 21 53.4 E140 08 45.9 58 m

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